トイアンナのぐだぐだ

まじめにふまじめ

電通に入るようなエリート層は「降りたら死ぬ」ゲームを生きている

電通で入社わずか1年目の女性が過労死させられた事件。亡くなったのは共通の知人が何人もいる女性だった。今さら強制調査をしたって、彼女は返ってこない。

 

なぜ就活で電通が人気なのか

就活における「電通」の立ち位置は間違いなくトップである。内定者の数割はコネ入社で枠がそもそも埋まっているから、一般枠で内定するのは至難のわざ。ここでいうコネとはスポンサー企業の御曹司レベルを指すので、生まれ直さないと手に入らない。東大でも内定が難しいと言われるゆえんだ。

その一方で電通はハードな接待や残業、体育会系の社風で学生にも知られている。が、私が電通社員から実際に聞いた接待の様子を話しても「本当にそんなことあるんですか」と信じられない学生の方が多い。個人情報がバレてしまうのでフェイクを混ぜるが「アナルに栄養ドリンクの瓶を突っ込むくらいは女性でもやらされる」(20代、元電通社員)とか。もっとも、この辺はクライアント次第かもしれない。私がクライアント企業側だったときはこういった体罰的宴会芸はなかったが、コスプレで踊る・酒瓶一気飲みなど接待は文化祭のノリだった。

残業時間も具体的な数値は伏せる。だから学生にとって「毎日4時まで眠れない会社がある」と言われてもいまいち信じられない。

 

 

ではなぜトップ学生が電通のような会社へ入社した後、現実とのギャップへ気付いても辞められないのか。そこには2つの理由がある。

 

成功体験に裏打ちされた将来は明るく見える

まず、自分たちはこれまでハードワークをこなしてきた自負があること。東大に入るような学生は、1日10時間の勉強をものともしない努力家である。東大は入学後も「進振り」といって卒業学部を選ぶ選抜があるから遊びほうけてはいられない。

そしてトップ企業を狙いたければ体育会系部活動の経歴が必要だ。企業によっては「東京大学の〇〇部」と部活単位で採用枠が用意されるくらいである。もし所属していないなら「理不尽なことにも耐えられる」「体力がある」エピソードを別途用意せねばならない。なにせこの2つがないと入社後に潰れてしまう。

さらに広告代理店であれば創造性が求められる。例えば電通出身者であるはあちゅうさんは、学生時代に企業からスポンサーを自力で勝ち取ってタダで世界一周した。全国約50万人と言われる大学生でもこんな取り組みを思いつき、さらに実行できる人はそういないだろう。

何よりクリエイティブなのに企業からスポンサーを得るという社会性が感じられるのが高評価だったんだろうな、と数社で採用活動に携わってから思った。単に面白いだけの社会性が無い人は入社してもセクハラ・パワハラを生き抜けないからだ。

 

賢さ・体力・創造性――1つもっているだけで「すごい」と思われる要素を3つ揃えて初めて内定できるのが電通である。それまでの果てしない努力から学生は成功体験をいくつも持っている。誰しもサイコロを振って10回6が出たら、11回目も6が出ると思うんじゃないだろうか。だからそれ以降、自分が会社で鬱になる展開は想像できない。

 

「エリート街道を降りたら負け」というトップ層の価値観

さらに、ここまで成功してきた人は死にもの狂いで頑張ってきたからこそ「ゲームを降りる」ことができない。これまで10倍、100倍の難関を潜り抜けたのだ。今さら普通に過ごしてきた人たちのような暮らしを選ぶことは、努力をフイにするのと同じ。降りることは社会的な死を意味する。

もちろん毎年、トップ企業へ内定した学生も一定数が退職する。その理由はさまざまで、決してゲームの勝ち負けで単純に判断できるようなものではない。けれども残った側から見れば、彼らが敗者に見えることも少なくない。かつて私は電通と同じくらい激務の企業にいたが、退職後に競合他社の知人とこんな会話をしたことがある。

 

私: 離職率も高い中でサバイブしてるAちゃんはすごいと思うよ。女性でもバンバン海外転勤あるし、しかも結婚適齢期だから難しい人も多い中で。そろそろ昇進する時期でしょ? 


Aちゃん: そんなことないよ、目の前のタスクを一生懸命片づけて気づけばここにいたって感じ。それに、辞めるような人はどうせ生き残れなかった人でしょ。気付いてると思うけど、結局辞めるような人って大したことないし。ほら、〇〇ちゃんやXX君は知ってるでしょ? 確か起業するとか進学するからって言って辞めたけど、結局は成果を出せない人間だから辞めるんだよ。だって辞めずに起業もできるし、休職すればMBAも取れるでしょ。

 

私: (おいおい、私も業界を辞めた側なのによく目の前でそれ言うな……)なるほどね。たとえば激務だったりうちの業界みたいにパワハラ・セクハラがある業界だと能力関係なく会社が嫌になって辞める人もいると思うんだけど、それについてはどう思う?

 

Aちゃん: 一定数はいると思うよ。本当に優秀でも辞める人。でも優秀さって単なるビジネススキルじゃなくて、女性であることを売りにできるとか、そこも使ってのし上がることを指すじゃない。それができない時点で二流だし、そんなことに絶望するなら何で弊社に来たの? って思う。

 

私: (絶句)……その生き方が好きならいいと思うけど、でもそれって楽しいのかな……幸せなのかな。

 

Aちゃん: 幸せは人によるけど……少なくとも私は幸せだよ。裁量権も大きいから若手なのにどんどん任せてもらえるし。誰でも知ってる会社で頑張っているっていう名声も手に入るし。それって、やっぱり私たちみたいに努力して勝ち抜いた人の特権だと思う。

 

今回の過労死でも「同じ状況なら自分も死ぬかもしれない」と教えてくれた人が何人もいた。自分たちも同じように生きるか死ぬかのゲームを走っている。辞めた人を表だって負け犬と呼ぶ人間は少ないだろうが、裏でどう思われるかは判っている

 

逆に、鬱だろうが左遷コースだろうが、外から見ればその人は変わらずエリートだ。合コンでちやほやしてもらえる、周りから「あの〇〇に勤めてる人だよ」と言ってもらえる。両親から誇りに思われる。恩師が、先輩が……。ゲームから降りると、これまで応援してくれた彼らを裏切ることになるんじゃないか。そんな罪悪感もよぎる。

 私も自分が親族の介護を理由に新卒企業を退職するとき、この会社に入るまで助けてくれた人の顔が次々とよぎった。優しかった最初の上司に申し訳なく思った。それでもこの会社の働き方はおかしい、毎日終電で帰ってから家で仕事するなんて。

 

きっと労働環境だけでも変えられる。そう思って労働基準局へ相談した。

正義を全うしたいなら訴えてもいいですけど……労力に見合う賠償も得られないでしょうから、おすすめしません。

あなたが訴えることで前職で仲のいい方へ報復人事があるかもしれません。発覚すれば是正できますが、たいていはグレーゾーンの左遷をされます……。それに、スポンサー企業だからマスメディアも取り上げないでしょう。それでもやる覚悟があったらご協力できます。

受話器を置いた。クソ野郎で結構。私は何もしなかった。

 

幸せな電通社員は上司に守られている

もちろん、幸せに電通で働いている方も大勢いる。ある30代の電通社員から聞いたのは「クライアント企業の接待は理不尽の塊だけど、上司や同僚が守ってくれる」という言葉だった。

電通社員はクライアントから理不尽な目に遭い続ける。私が電通社員へかつてヒアリングしたエピソードには「今すぐXXへ来いと言われ東京から深夜タクシーに飛び乗った」「道端で脱げと言われて脱いだら留置場へ入った。すぐ出してもらえたのでそのまま出社した」なんてのがある。

上記のアナルといいエクストリームなパワハラ・セクハラは一部のクライアントに限られるだろうが、「明日までにこの映像を修正して納品してください。寝なければできますよね。この企画が成功したら10億単位で追加予算出ますから」なんて目の前に人参をぶら下げた地獄労働はよく聞くし、私も依頼したことがある。その後、同じように低予算で何度もギリギリの納期で依頼せざるを得なかったことも。

ムチャクチャな要求に答えられる馬力こそ電通が他者に勝る最大の理由であり、一部のゴリゴリ日系企業は大手でもそういう接待を要求する。電通がクライアントからのパワハラ・セクハラを拒絶すれば戦略立案に優れる博報堂に追いつかれてしまうかもしれない。

 だから外部からのストレスは避けられないのだが、そこで社員を守るのが上司や同僚だ。「ほんと、あの社長最低だな!」と社内で一緒に分かち合えるから明日も戦えるのだ。過労死した女性のツイッター履歴には、上司が守るどころかパワハラ・セクハラの加害者になっていたことがわかる。

 

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※ご本人のツイートより。故人となったのちに鍵がかけられたため匿名化した。

 

守ってくれるべき周囲の人間も加害者だった。だからこそ彼女も最後の一歩を進んでしまったのかもしれない。

 

どんな努力も「幸せのため」にある

確かに、トップ大学へ進学すること、就職することはエリート街道の条件だ。そこには並みならぬ努力がある。だが全ての努力は自分が幸せになるためにある。真面目に頑張れる人ほど、周りから「頑張ったね」と言ってもらうことで幸せを感じがちだ。しかし周囲が反対してでも得たい幸せを見つけられれば、ブラック企業に使い倒されることもない。あなたの退職を笑うような人間とは別の生き方を選べる。

 

「人が笑ってもこの道を選ぶ私を 応援してくれる人だけ友と呼ぼう」といった主旨で宇多田ヒカルが歌っていた。世間が求めるゲームに乗っかるのは楽だ。けれどそこにもし自分の幸せがないなら、自分の幸せを認めてくれる人だけを友達と呼べばいい。馬鹿にする人から去っていい。あなたの人生では、あなたが世界で1番大切な人だから。

 

この記事が消えないことを願う。

 

追記:

アナルに栄養ドリンクの瓶~のくだりは、前述のとおりフェイクが入っています。が、下腹部に何を突っ込まされたところで異常事態なのは間違いありません。それは仕事ではなく拷問です。

この記事が公になってから、似たような事例の情報がありました。電通だけではない、他業種でも似た接待があるとのツイートも。

 

 

これは10年前の話ではなく、2016年です。「私の周りにはなかった」のかもしれませんが、どこかの部署にはあるのです。やりがいや裁量権に踊らされて、不幸な仕事に就く人が少しでも減りますように。

 

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電通で不正が発覚したデジタル部門。亡くなった彼女も近しい部署、もしくは同じ部署だった。そのハードさはクライアントから見ても「ごめん」と思うほどではあったんですよ、というお話。

toianna.hatenablog.com

 

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