トイアンナのぐだぐだ

まじめにふまじめ

離婚して、わんわん泣ける女になりたかった。

離婚した。12月上旬に夫から別れを切り出され、びっくりしながらも「好きな人が別れたいと言い出したのに、反対する理由もないな」と妙にしっくりきてしまった。結婚してぴったり3年の元旦。手を繋いで区役所に向かった。「並んで離婚届掲げて自撮りしようよ」という提案はさすがに却下された。

離婚後、夫とワインを飲みながら「これでよかったんだ」と思った。その後も何度か、共通の友人と一緒に会った。私たちはいつもどおり仲良しだった。

 

「離婚しそう」という話を聞いて、友達が何名もすっとんで来てくれた。そのうちの一人は、即座にカラオケへ私を引っ張っていき「何も考えなくていいから、曲のタイトルでしりとりをしよう」と、選曲ですら脳を空っぽにさせてくれた。カラオケって失恋の曲が多いから、下手に曲目を考えると落ち込んでしまう。だから「しりとり」なんて単純明快すぎるルールで、私の脳を止めてくれた。

 

同じ友人が元旦からパソコンをうちへ持ち込み、ひたすら仕事の話をした。はたから見れば地獄のようなお正月かもしれないけれど、空っぽになりそうな私にとって、仕事が時間を埋めてくれるのはこれ以上ないくらいありがたかった。

 

仕事、カラオケ、仕事、カラオケ。三が日が過ぎるころ、私は元気になっていた。

 

いやちょっと待てよ。

あまりに切り替えが早すぎないか。私は彼を6年も愛していた。彼のために外資系企業・正社員という堅牢なキャリアを捨て、海外へ付いて行った。彼への愛をでろでろにツイートしまくり、友達には彼の一挙手一投足をのろけてきた。好きだ、好きだった。なのに何なんだこれは、私はアンドロイドか。

 

私はもっと、わんわん泣いて「彼無しには生きられないの」とわめく女になりたかった。心配して集まってくれた友達に「ごめん、なんか元気」と笑えるような、鋼のメンタルが欲しいわけではなかった。これではまるで、最初から愛などなかったみたいだ。今でも未練たらたら愛しているはずなのに、私は普段通りに仕事をしている。

 

彼は言った。「次に付き合うなら、米系外資っぽい詰めをしない女がいい」と。笑っちゃうようなフィードバックだけれど、全然笑いごとじゃない。彼はきっと、わんわん泣いて「助けて」って言ってくれる女が良かったんだ。私は彼と一緒に戦える女ではあったけれど、彼をつらかったね、とひっくるめて抱擁する女ではなかった。

 

過去に私と付き合ってくれようとした男は、口々に「私を守りたい」と言った。けれどそのたびに私は思ってしまうのだ。守られるほど弱くない、と。もう30歳なんだ。もうここまで生き延びてしまったんだ。幼少期がつらかったとか、仕事つらいとか泣いてる女の子には、もう戻れないんだよ。

 

分かっている、もう戦闘民族だって。男の後ろで「助けて」って震えられる女じゃないって。それが彼を傷つけてきたことだって。私は守られる女にはもうなれない。けれど離婚したときくらい、わんわん泣ける女になりたかった。

 私にあこがれる、と言ってくれる人がいる。彼ら・彼女らは「強くなりたい」と言う。けれどこんなとき、守ってほしいと泣ける女性が羨ましくてたまらないんだ。

 

 

離婚直後。三が日のカラオケで、Avril Lavigneの My Happy Endingという曲を入れた。歌詞は「ザ・失恋」って感じのテーマで、それを歌っている私を、友達はしんどそうに見つめていた。けれどこの曲には、全然別の意義があった。

 

これは私が17歳でレイプされた直後に聞いた曲だったから。

 

東京、2004年8月23日。留学から一時帰国していた期間。知らない人に手を引っ張られて、そのままレイプされる。絵にかいたような被害だった。終わってから路上に放り出された。拡声器で音楽が大量に流れていた。So much for my happy ending(私のハッピー・エンドなんてこの程度なんだ)という歌詞。何もかもが気持ち悪くて吐いた。どこまで吐いても汚いままだった。

 

このときも私は、泣けなかった。誰にも何も言えなくて数日後に首を吊った。搬送された病院で目が覚めると、カウンセラーもどきのおばちゃんが横に座って「いろいろあって大変ね、私も自分の息子が大学3つも通っちゃってどこに入れるか悩んでるの」と動けない私へ垂れ流した。

 

親、教師、誰もが怒り狂っていた。警察へは行けなかった。イギリスの高校へ一週間遅れて帰った。全校生徒72人しかいない高校では、親から連絡を受けた教師づたいに学校中が私の噂をしていた。はー地獄だね。でも人生そんなもんだよ。泣いても、泣かなくても明日は来ちゃうんだ。何度か自殺未遂をしながら、こうして私がいま生きているように。

どんなに高い山に登っても、こうして理不尽な谷底に突き落とされるんだ。当時の私はそう思っていた。

 

でも今は違う。元旦から寄り添ってくれる友達がいた。「バツイチって死ぬほどモテるよ」と教えてくれたお姉さま方。激務の合間を縫ってタクってくれた友達。2時間だけだけど、と旦那さんを放って会いに来てくれた人。「お前は本当にダメだな!」とプリプリしながら12時間も本屋を巡ってくれた友人。大丈夫ですか、と心配してくれたお取引先の先輩方。

だから、歌えた。So much for my happy ending(私のハッピーエンドは、こんなもんだ)と。むしろ Too much だよ。十分すぎるよ、こんな人生。ありがとう。私はもう大丈夫。離婚をしたけれど、私の世界には愛しかない。

 

 

 離婚直後からずっと聞いている曲。三が日のカラオケをきっかけに欅坂ファンになった。コンサート行きたいけど、チケット激戦なんだろうなあ。

世界には愛しかない(通常盤)

世界には愛しかない(通常盤)