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トイアンナのぐだぐだ

まじめにふまじめ

「結婚でキャリアを諦められない」と言った彼女が総合職を去った

友人の退職は、外資系企業なら珍しくない。特に総合職入社した女性は、アラサーになると「やっぱり違う」とキャリアを降りてゆく。10年前に総合職女性を採用した企業の半分で女性は1人も残っていない

 

総合職へ腰掛のつもりで入る女性は少ないはず。それがなぜ「やっぱり違う」になってしまうのか。

「結婚でキャリアを諦めたくない」というのが友人の口癖だった。彼より早く帰りたいから、子供を世話したいからキャリアを妥協する。当時の私も「それって違うんじゃない?」と感じた。仕事ってもっとやりがいがあって、一生を費やして成果を残すものなんじゃない? たかが結婚や出産でドロップアウトして、夫の収入に依存して生きるなんてリスクが高すぎるんじゃない?

 

しかし入社して数年目、私はあっさりと前言を撤回した。既婚マネージャーと未婚のマネージャーであまりにもある能力に落差があったからだ。既婚マネージャーは部下の良さを引き出し伸ばすことに長ける一方で、未婚のマネージャーは「なんでこんなこともできないの」と部下潰しへ走ることが多かった。Good Player, Bad Manager(良い現場社員だが、管理職として不適)と未婚マネージャーは批判された。

 

といっても「未婚者は社会人として半人前」と罵りたいのではない。たまたま既婚や子持ちは道理が通じない相手と格闘し、マネジメントの経験時間が長くなるだけだ。非婚マネージャーもいずれは優れた管理者へ成長するが、そのためには既婚子持ち社員が格闘する時間ぶん、部下のマネジメントで研鑽を積まねばならないのだろう。

 となれば、結婚と出産は自らの成長を求めるなら最も効率的な手段ではないか。結婚を退けるより、成長するために結婚や出産を検討すべきではないか。

 

そう考えた総合職女性が、私の周囲で25歳を境にどっとあふれ出した。だが勤めていた企業は激務。新しい出会い以前に睡眠時間すら足りていない。そこで「結婚相手へ巡り会うために」という理由で退職者が増えた。結婚し、子供を産むキャリアアップのために、9時 - 20時勤務のゆるふわ総合職を選ぶのだ。

 

「結婚でキャリアを諦めたくない」というのが口癖になっていた私の友人は冷やかな目で退職者を見つめていた。愛すべき同期たち、でもしょせんは「トップエリートのキャリアから逸脱した敗北者」として。これは彼女の性格が悪かったわけではない。会社の風土としても、退職者を敗者とみなす風潮があった。

 

そんな彼女から会社を辞めたという連絡があった。数ヶ月前のことだ。

 

退職までに彼女は1年の海外駐在を経験した。職場で知り合った彼氏もヨーロッパ勤務を命じられ「結婚でキャリアを諦めたくない」と別の国でそれぞれ働いた。Facetimeや国際電話で通じ合う時間は限られていたけれど、2人とも出世コースで順風満帆だった。

何かがおかしいと思ったのは、共通の友人から「あいつ、浮気してるよ」と報告を受けてから。どうやら現地で女性を買い、さらに別会社の駐在妻とセックスに励んでいたらしい。かくいう彼女も浮気していた。現地男性とクラブで知り合い、セックスを繰り返す。「彼の浮気に嫉妬しながら必死で仕事。でも自分も浮気してる今の状況って、冷静に変だよね?」と感じた。

 

死ぬ気で仕事をし、現地でセックスを調達するのは「キャリアを求める上で耐えるべき歪み」なのだろうか? 「少なくとも、これから彼に浮気されるのはイヤだ」と彼女は思ったらしい。ほどなく帰国願いを出し、転職活動を始めた。

 

彼女は転職活動を通じ「結婚でキャリアを諦めたくない」と考えていた自分が変わったという。「今まで、結婚や出産する人はキャリアを捨ててる、妥協してる思ってた。けれど実際は人生という大きなキャリアの中で人として成長するために選択するのが仕事であり、結婚と出産だ」と。

私も現在は似たような心境にある。かつて1日17時間働いて得たものは、圧倒的なビジネススキルの向上だ。だがそのスキルには転職先で全く使えないものもあった。テレビ会議で多国籍チームと億単位の金を動かすスキルも、FAXが主な通信手段の伝統的企業では何の役にも立たなかった。成長とは自分が「どの部分を人として伸ばしたいか」を選択した結果だ。役に立つエリアが家庭でも、ある外資の特殊スキルでも納得して身につければいい。

 

たとえば家庭では「いつもありがとう。特に○○してくれて嬉しい」と日報をLINEすれば期待値以上に相手が動くと知った。「なんで○○してくれないの」と伝えるより、100倍いい。これは激務に忙殺される現場では学びにくい、柔和なコミュニケーションスキルだ。と同時に、外資で身についた逞しさは家庭で得づらいスキルかもしれない。

成長の機会は家庭にも職場にもあるが、場によって身につきやすい技能が異なる。そして私たちはどこにいても、他者からのフィードバックを通じて成長できる。

 

仕事は成果が数字が見えるだけに居心地がいいし、ゲーム感覚で勝ち負けを考えやすくなる。ゲーム感覚でなら年収、子供の学歴、未婚か既婚かで勝ち負けを数えられる。勝利条件を決めれば一時は幸せを感じられるが、さらなる勝者を見て足がすくむ。

だが、人生はゲームではない。その場で何を学び、成長したと感じるかは自分次第。必要なのは今の人生「何かがおかしい」と思った瞬間に他の生き方を選ぶ柔軟性と、単一のゲームで勝敗を決めつけない鷹揚さだろう。

 

10年近く外資キャリアに染まりながら「何かがおかしい」と感じた瞬間に他の選択肢へ動き始めた友人。画一化された外資のキャリアゲームから逃れ、「私の成長」がどこで得られるか考えている彼女を、いま精一杯応援したい。