トイアンナのぐだぐだ

まじめにふまじめ

マーケティングの常識「インサイト」がもたらす、凡庸な広告キャンペーンの罠

人はよくウソをつきます。このウソを分析するのが、マーケティングやコンサルタントのお仕事。例えばKIRINの「生茶」を買う人へ、なぜ購入したのか質問してみます。

  • 甘みがあっておいしい
  • KIRINの製品なら安心して買える
  • カフェイン控えめで胃に優しい

こんな風に消費者からは言われますが、もっと粘って話を聞くとこんな話も出てきます。

 

  • 555mlで大容量だと、家で作ったお茶を詰め替えるとき多く入って便利

毎日ペットボトルのお茶を買うお金はないから、家で作ったお茶を会社でも使いたい。でも水筒でいかにも「節約」してる感は出したくない。ペットボトルへ詰め替えれば、あたかも買ったように見せられる。その点、大容量の生茶は便利。

 

ぶっちゃけ伊衛門茶、綾鷹、お~いお茶、どれも味は変わらないと思う。なら一番安いものを買いたい。割引価格でないときは生茶は量が多くて一番コスパがいい。

 

こういった消費者の「隠された本音」を専門用語でインサイト(insight)と呼びます。消費者自身も気付いていない、けれど指摘されると「確かに!」と思うような気持ちです。マーケティングやコンサルタントの世界では、消費者のインサイトを掘り起こした商品アピールが売上アップに繋がると考えられています。

 

ですが、このインサイト論には1つ限界があります。それは「消費者の隠れた本音も、建前と同じくらい論理的だ」という前提で考えている点です。

 

インサイト論は、生茶の例を使うとこんな風にできています。

【図1】生茶を買う理由となる「インサイト」のイメージ

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こうやって「本音=インサイト」VS「建前」の構造を作ると、プレゼンや経営会議では説得力があります。しかし人間はもっと相反することを考えているんじゃないでしょうか?

 

例えばあなたが誰かと恋に落ちたとします。あなたはTwitterへ「かれぴ100%しゅきしゅき♡」と書き込みました。しかし実は自分でも気付かないところで「彼の○○なところは許せない」と感じていたり、「1年で別れそう」という諦観を抱いているかもしれません。逆に「好きすぎてストーキングしたい」という犯罪級の愛情も隠れているかも。ごちゃっと混ざった感情の中から「かれぴ100%しゅきしゅき♡」が、表に出やすい感情として選ばれたにすぎません。

 

人には劣性遺伝・優性遺伝のように「表に出やすい気持ち」と「裏へ引っ込みやすい気持ち」があるはずです。一般的には論理的で、人から引かれない言葉のほうが表へ出ます。 感情がバラバラだと気持ち悪いので「かれぴ100%しゅきしゅき♡」という、自分の中で一番論理的な結論を表の感情として出すのです。

 

ここで遺伝学にならって表に出やすい気持ちを「優性感情」、裏へ引っ込みやすい気持ちを「劣性感情」として生茶の例へ戻って図解してみました。

 

【図2】複数のインプットから生まれる「優性感情」

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生茶を買う理由として、劣性感情には「どうせどんなお茶も大差ない」という気持ちと「生茶は美味しい」という相反する感情が混ざっています。こうして画像で並べると違和感がありますが、たとえば消費者にこう言われたらどうでしょうか。

 

「別にコンビニで打ってるお茶って大差ないよね。結局は淹れたお茶よりマズいし。でも生茶は普通に美味しいよ。大差ないけど美味しい。」

 

文中で明らかな矛盾があるのに「ふんふん」と聞けてしまうのではないでしょうか?

 

インサイトを掘り起こしたい「専門家」は本音を論理的に理解しようとします。そこでインタビュアーは消費者へ質問します。

生茶は、あなたにとって美味しいんですか?それとも他のお茶とあんまり変わらないんでしょうか。どっちなんでしょう?」

こう質問されると消費者は大抵「うーん」と、少し黙ります。どちらも自分の隠れた本音だからです。

 

心の中で言いたいことをはっきりさせないのは、消費者本人にとっても気持ちが悪いことです。普通の人は「結論がひとつ」であってほしい。

そこで消費者は苦し紛れに「どちらかと言うと生茶は他のお茶より好きですね。甘みがあっておいしいですし」と回答します。無理して論理的に結論を導き出そうとした結果、コメントがもともと表へ出していた優性感情へ近づいてしまうのです。

 

このように、相反する感情が混ざっているのが「本音」であることを忘れると、結局は建前の「甘くて美味しい生茶」をアピールすることになります。何のためのインサイト掘りだったのか、こうして私たちは「売れないこともない、けどヒットしないキャンペーン」を量産してしまいます。

消費者を深く理解することは、コンサルタント・マーケティング業務における必須事項。答えがたとえわれわれの望む「キレイに論理で分解できる言葉」でなくても受け止めることから、成功するキャンペーンは始まるものと思います。

 

インサイトについてもっと知りたい方へ

とはいえ消費者心理をロジカルに切れるので、インサイトはとても便利。Webでさらっと学ぶならこのページが一番詳しく読めます。

「インサイト」を知ればマーケティングも変わる - perigee

 

本で学びたい方はこちら。マーケティング未経験でもわかる入門書です。

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