いつの間に自分が「細かいことにウルサイ嫌な先輩」になっていた
新卒で入社した企業は「軍隊」と揶揄されるほどの厳しい職場だった。だが、厳しさの裏には成長とやりがいを保証されていたから苦痛ではなかった。厳しい職場でめざましく出世する人間には、下記の2パターンがある。
1.部下へ全権を任せることで失敗も糧にした成長を促す「委任型マネージャー」
2.部下の行動を逐一把握、ミスを無くし完璧な成果を出す「監視型マネージャー」
私は生来のおっちょこちょいな性格もあって、後者の「監視型マネージャー」と相性が悪かった。正直、上司が何をそんなに怒っているか理解できないことも多かった。
たとえばこんな誤字をしたことがある。
本企画書にて1年後の売上げを達成するためのCM制作費につきまして、追加予算ご承認をお願い申し上げます。
テレビCMは消費者が接する媒体の中で最も心理的影響が大きいとデータにありますが、来年度予算ではCM予算がs全体の10%以下となっており……
企画書に1箇所、変換ミスで s が入ってしまった。印刷する前の上書き保存でショートカットキーの Ctrl + S を押したつもりが、Ctrlが上手く押せずに「s」だけ入ってしまったと思われる。この企画会議ののち上司に呼び出され、誤字の s について30分ほどお叱りを受けたが、上司の重要な勤務時間を消費してまで30分を指導に使うほどのミスかは今になってもよく判らない。
私は全体の進捗が問題なければ、細かいところは個人差でよかろうという主義だから、「監視型マネージャー」からすればここも違う、あそこも違う、あー、何でこんなに細かいミスが多いの! と頭を抱えるところだろう。個人的には上司を好きだったので、私も非常に苦しんだ。
それでもバカなりに経験から細かなチェックポイントを学ぶ。私には今まで上司が6人ほどいたが、うち半分である3人が「監視型マネージャー」。一緒に働くうち、私もそれなりにミスなく業務が遂行できるようになっていた。
そして、後輩が入社してきた。
後輩は中途社員で、前職では経営戦略を大まかに決定する業務を担当。チームへ全権を任せることで失敗も糧にした成長を促す「委任型マネージャー」が力を発揮できる職場だった。委任型マネージャーのもとで5年間すくすく育った彼女は、決定力、リーダーシップにおいて申し分ない強みを持っていた。
後輩が入社してすぐ、彼女が企画書を作った。直感的に「いい提案だ」と思った。きっと数億円を投資するだけで、目標数値へ大きく近づくだろう。だが、同時に思った。誤字が多すぎる。せっかくの最高の企画が、誤字脱字のせいで台無しだ。このままでは、私が承認しても「監視型マネージャー」の上司が潰してしまうだろう。私がなんとかしなくては。誤字脱字を修正し、社内の文法に則った内容へ書き換えると提案書はすんなり通った。上司は喜んでいた。
こうして私は後輩の書類をチェックする業務を担当した。時にはメールの文章を一言一句、時には電話の取り方を。彼女にはもう一人別プロジェクトを担当する上司Bがいたが、運が悪いことにその上司Bも「監視型マネージャー」だった。私、私の上司、上司Bの3人に囲まれて、彼女の企画は全て通った。プロジェクトは大成功した。
そして、後輩は会社を休むようになった。
休み始めた理由は明確だった。最近、後輩の笑顔が強張っていた。「ありがとうございます」が震えていた。日曜出勤がんばるぞ!と一緒に上げた手が斜め45°に傾いていた。だが誰でもそんな時期があるだろう、誰でも同じように苦労して乗り越えたんだから、と苦しみを無視していたのは私だった。
1ヶ月ほど休んでから、後輩の退職がひそひそ話で知らされた。休職では済まないと判断されたようだった。もう謝ることもできなかった。それに今から謝ったところで、彼女のキャリアは取り戻せない。
社内では「あの程度のプロジェクトを乗り越えられないなんて、いずれは辞めることになったはずだ」というムードが漂っていた。本当にそうだったんだろうか? 私は上司に叱られたくないというエゴで、一人の後輩を潰してしまったんじゃないだろうか?
しばらくして私も転職し、後輩からほどなくして会いたいと連絡があった。「あの時はありがとうございました。トイさんが守ってくれなかったら、もっと早く潰れていたと思います」面食らった。私に残っているのは、守るどころか、加害に加担した記憶だけだ。
それ以降、私はプロジェクトリーダーになるとできるだけ部下を泳がせるよう努力を始めた。正直、いまだにうまくいっていない。「監視型マネージャー」としてミスを指摘するほうが「委任型マネージャー」として失敗から学ばせるより簡単だからだ。
先輩からは「部下を1人潰す経験をしないと、任せるマネージャーにはなれないものだよ。私だってかつてはね、」とフォローの言葉をいただくことも多いが、管理職の成長のために部下のキャリアを1人だって犠牲にしてなるものか。
「あなたはどうしたいと思う?」「よし、それでやってみようよ」と失敗してもいいから任せること。私もまだ、修行の途中にいる。
入社時に「委任型マネージャー」から推薦いただいた図書。今から読むと、どんなタイプのマネージャーともうまく仕事を進めるヒントがたくさん隠れているように思う。
後輩が辞めてから読んで切腹している気持ちで熟読した本。いかに「委任型マネージャー」として部下を成長させる管理職になるか、知識だけでもまずは知っておきたいならおすすめ。最終的には、これを実戦する勇気が必要だけれども。
部下を持ったら必ず読む 「任せ方」の教科書 「プレーイング・マネージャー」になってはいけない (角川書店単行本)
- 作者: 出口治明
- 出版社/メーカー: KADOKAWA / 角川書店
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