毒親について語ると、批判されることがある。中でも「毒親なんて存在しない。親は子を愛するものだ」と言われるのはしんどい。
けれど考えてみれば、普通の家庭に育った方に毒親と「ただ子供が親へ反抗しているだけ」の差は、想像しづらいのかもしれない。 だから一例として、親との会話を書き起こしてみた。父の還暦を祝うため半年前に海外旅行をした時の話だ。
母:見てみて、このお店すっごい丁寧にアクセサリーを作ってる!
私:そうね、きれいね。
母:感じるでしょう、あなたも。
「感じるでしょう」とは霊的なパワーを感じるでしょう、という意味だ。
母は自分が神だと信じている。宗教の信者ではなく自分が神だと。周囲に聖水と称して井戸水を配ったり、信者を集めて集会をしたりしている。そんな親に反抗的な私は狐憑きとされ、手を炎であぶるなど除霊の儀式を受けてきた。母は激高すると街中でも暴れてしまうので、私は妄想に付き合う。
私:そうかもね。
母:そうかもねって……!あんたねえ。ほら、この地域は足元にジャッキー(邪気)が寄ってくるから。あなたも背中にいるのよ、いまとりつかれてる。しっしっ。
と、私の背中をバシバシ叩いて除霊?をしていたが、すぐ飽きたらしい。「何かお腹空いてきちゃったあ」とへたり込んだ。
私:お母さん、今日はお昼を控えめにするって約束したでしょ? お父さんの還暦祝いにお店を予約してあるから。お昼食べると夜ご飯入らなくなっちゃうって言ってたよね?
母:そうだけどぉ、だってお腹すいた! 空いちゃったらしょうがないもん!
じゃあ、とカフェへ入った。母はパスタを注文したが「やっぱり食べたくない」と意見をひるがえしたので、私と父がいただく。
母:人様はねえ、生かされているの。それをこんな(母が頼んだパスタのような)他の動物を殺したものを食べるなんてあんたたちは汚れてるの。そうやって無礼を働くから、あんたたちは早く死んじゃうのよ。
ほら、私って同じことをお向かいの〇〇さんにも言ってたけどあの人聞かなかったじゃない。だから病気が見つかったじゃない? アドバイスするだけ無駄だったわ。〇〇さんってほんと失礼な人ね。やんなっちゃう。
私:そうね、お母さんの中ではそうかもしれないけれど、〇〇さんには通じないと思うからその話は家の外ではしないようにしようね。
母:いや、もう町中に言いふらしてやるんだから!
(お向かいさん、本当にごめんなさい……)私が心で謝罪していると母はすっくと立ち上がり、隣席へ向かった。どうやら母は日本人を見つけたようだ。
母:あなたたちどこから? ご家族?
客もギョっとしている。そりゃそうだ。海外で食事中に他の日本人から話しかけられたら驚く。
客:あ、えっと、関西からです……家族で。
母:そうなの、素敵ねえ。うちも家族なんだけど娘が使えなくって。旅行のガイドさせるくらいしか能がないのに私の行きたいところをちっともわかってくれないんだから……。
父:お母さん、さすがにそれは言いすぎじゃない。
母:あら、だって本当のことじゃない? 大体この子は感謝が足りないわよぉ、わざわざ海外まで親が来てやってるのにさ、ホテルと観光施設予約するだけって。なめてんの?
私:……さ、お母さん席へ戻ろう。
母:なによ、今更媚びたってあんたにあげるものなんかないよ。遺産はぜーんぶ〇〇ちゃん(親族)へあげるんだからね!!
私:お母さん、店内で大きい声だすのやめよう?……あ、本当にすみません。
日本人のご家族も、何かを察したのか笑顔でスルーしてくださった。ありがたい。
さて夜、やっぱりお腹が空かないから晩御飯は食べたくないという母を、せっかくレストランも予約してるからと連れ出した。
私:お父さん還暦おめでとう。
父:やっぱり家族で食べるご飯が一番だねえ。
母:あんたたちはいいわよね、そうしてつるんで、私をいじめて。お母さんが晩御飯食べられないのなんて分かってるんでしょ。それで無理やり夜に連れ出してさ。
私:さ、さ、お母さんワインだよ~。
母:ああ、おいしい。私ね、アンナみたいな子がいて本当に幸せよ。だってねえ、親と一緒に旅行してくれる子なんてなかなか世にいないでしょう。
父:そうそう。
母:(私の方を向いて)あ!! ねえ、アンナは呪われてるんだから、10歳で死ぬ運命なんだから、死ぬんだから諦めなさいよ?
私:おかげさまで、いま私はアラサーですよ。
母:それはあたしのおかげよぉ! ちゃんと木のお札に毎日お参りしてる? お母さんが〇〇〇〇のミコト様にお祈りして作ったんだから感謝しなさいよ?
私:(それ、私がもらって速攻捨てたやつだわ……)うん、大事に置いてあるよ。
母:今日もね、すごかったでしょう美術館にあったマリア様……すごいご先祖様が集まってね、ぶわぁーって。
そうそう、あそこにお祖父ちゃんも来てたのよ。でも悲惨な死に方をした親戚の〇〇さんは地獄にいるからまだマリア様には近づけなくてねえ……。
私:ささ、お母さんワインもう一杯。
母:ああ、ありがとう。でも地下鉄はすごいわねえ。もう足が痛くて。手がね、いっぱい伸びてくるのよ。私なんて妬まれちゃって。たかだか一流企業に勤めている夫がいて自立した娘がいるからって嫉妬されてるのよ、霊に。
でも私知ってるの。これはね、うちの信者さんだった〇〇さんが送り込んでる生霊なのよ。あの人のせいで携帯も壊れてね、この前。だから私も念を送って戦ってるんだけどねえ……。
母は酒乱だが勢いよく飲むと荒れる前に潰れるので、外で飲ませるときはあえてガバガバに注ぐ。しゃべるだけしゃべって眠りこけた母を前にして、父との食事が続く。
父:お母さんって、かわいいよねえ。
私:全く理解できない。今回の旅行は仕事だと思っているから付き添えてるけど、お父さんはよく耐えられるね。
父:理解できないことが魅力なんだよ。ただね……今回還暦で休みも取れたし初めて家のことをチェックしたんだけど、家にお金がほとんどなくてね。
私:あれ? 二人ともバブル期にかなり稼いでなかったっけ。
父:うん、でもお母さんが全部使い切っちゃってたみたい……。お父さん、再就職しなきゃいけないんだけどこのご時世だから厳しいでしょ。
過去の経験から直感した。この話、金をせびられるコースだ。
祖父母の援助で卒業した高校時代。大学の学費は「東に行くのはオーラが悪いから」と一度振り込んでくれた学費を貸しはがしされた。
世帯所得はあったから奨学金もおりず死ぬほどバイトしたあの日々。「学費は風俗で働けばいい」って言われたの、なかなかパンチがあったっけな……。
思わず懐かしい記憶を辿ってしまったが、親へ援助するつもりはなかった。こういうことを言い出すときは、本当は金があるのも経験則から知っている。
私:とりあえず旅行中の食事代は払うからさ。ホテル代も返してくれなくていいから。
父:いや、いいんだよそういうのは。
そういうのはいいから、私にお金を振り込め? でも、私には新しい家庭がある。大事な夫がいる。なによりその状況でのんきに海外旅行している親が信じられなかった。「いいからいいから」とご飯代を払い、同じような数日間を過ごし帰国した。
我が家の玄関を開けると夫が「おかえり~」とハグしてくれた。洗いたての服の匂い。私が帰ってくるからと慌てて掃除したのがわかるリビング。
今は、ここが私の家だ。
私は、親と和解している方だと思う
「毒親」といっても私は親と和解している方だ。年に1度は会っている。過去に傷ついたことはあったけれど、今の親から傷つけられることはない。
親へ感謝していないわけではない。クリームシチューを作ってくれたことがある。お金があるときは旅行へ連れて行ってくれた。美味しいお刺身を食べさせてくれたことがある。
でも、食べ物をもらえない日もあったし、酒にまかせて殴られてきた。儀式と称した暴力もあったし、父も母も親として未成熟すぎた。
過去を換算してプラマイで考えるとマイナスだ。そういう結論で、愛された記憶と憎しみの両方を抱いてもいいじゃないか。私は両親に感謝している以上に「もう迷惑はごめんだ」と思っている。
もしこれをご覧になっている方が同じように親へ苦しんでいるなら「プラマイ」で考えたっていいんじゃないか。
そしてもし合計がマイナスなら距離を置いたっていいし、怖いなら遠くへ逃げてもいい。あなたの人生はあなたのものだ。あなたは自分で立てる。あとは息を吸って、走れ。
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この記事を書く動機は『ど根性ガエルの娘』を読んだから。すさまじい話でした。一部無料掲載されていますので『ヤングアニマルDensi』1話と15話だけでも読んでみてください。毒親を持っている方はフラッシュバックに注意。
1巻はこちら。最初はほんわかしているので読みやすい。
ここまで読んだ後で、このインタビューを読むとさらに胸が重くなる。重くなるのはいいことだ。胸が重くなるのは『ど根性ガエルの娘』が強い作品という証だから。
r.gnavi.co.jp